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2010年の記録 | |
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11月28日(日)晴 | |
今日はMさん親子と3人で霊仙山の北東にある点名「谷山」に登った。 | |
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梓河内から霊仙山に過去1回登頂している。しかし、下山時迷った記憶があり、再度このコースを歩いてみることにした。 | |
梓河内の集落にある神社前に駐車。 お坊さんがみえたので許可をもらった。 身支度して出発。9:01 |
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川沿いに南へ歩いて来ると突き当たりの右にゲートがある。 かんぬきがあり開けて中へ入る。ここには霊仙山への登山道を示す案内板があった。 橋を渡り左折して右山でトラバースする。 途中に河内城跡の案内板があった。京極氏の城らしい。ここからさらに10分ほど上らしい。 |
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よく似た雰囲気の山道を歩いてくると林道に出る。左折して50mほど歩いて来ると右に山へ入る道が上がっているので林道を離れて入山する。 | |
トラバース気味の山道を歩いていると崩落した所が数ヶ所あり、右写真のようなロープ場が2ヶ所あった。 Mさんにとってはこうした危険な所は初めての経験であった。 |
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不明瞭な道を歩いてくると林道終点に上がる。登山案内板があった。 先ほどの林道終点らしい。地形図には載っていない。地形図を確認する。 この林道は中尾林道と言うらしい。 |
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その後掘り割れ状の幅広の道を上がって来ると若森神社があった。 まだ新しいが、手入れはされていないようである。 |
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その後、掘り割れ状の草に覆われた道になる。ようやく記憶にある迷いやすい場所に来た。その後幅広の植林地帯に入る。懐かしい。 多数の幹に案内板があった。 |
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その後、記憶にない急斜面のトラバースになり、先人の目印も消えた。 直進は危険そうなので、右山腹を適当に歩きやすい所を選んで上がる。 |
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すると峠のような所に着く。左折して左山でトラバースする。 谷に出る。谷を上がろうかとも思ったがとなりの山へ移る。トラバース道があった。 |
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ところが左山のトラバース道がすぐ先で崩落していたため、左の急斜面に取り付いて尾根に上がることにする。 尾根を歩いてくると下写真の柏原からの明瞭な道に合流する。ピンクのテープがたなびいている。 右折する。 |
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ところがこの道はすぐ先で右折して下っている。 よく分からないのでそのまま道なき薮尾根を歩く。 ピークには造林○○の杭があった。ここは標高920mである。 下ってくると、左に林道が見えてきた。小雨がパラパラしてきた。 |
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いったん鞍部に着くと右写真の案内看板が落ちていた。 梓河内からの道はどうも上写真の道からいったん下って左山でトラバースしてここへ至るようである。 ここから南へ右山でトラバース道を歩く。ピンクリボンがある。 ところが再び下っているようで目印もないのでトラバース道を離れ適当に北の尾根を目ざす。 |
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尾根に上がり左折して下ると、明瞭な道が横切っていた。おそらく上の記事の下っていく道がここにきていると思う。その道を横切って、西に見えるピークを目ざす。道なき斜面を上がって来ると左に三等三角点があった。13:07 | |
ここにはプレートがいくつかあった。 風がピューピュー吹いて寒い。 お湯を沸かして豚汁とおにぎりで昼食。 13:31出発。 |
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西に緩く下ると霊仙山の避難小屋が見え二人の方が下って来るところが見えた。 いったんもどり、上の記事にあった明瞭な道を北へ向かう。 やはりこの道が柏原からの道だと思う。 追記:12月5日に柏原から歩き、確認しました。 |
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すると右写真の8合目に着いた。ここで先ほど避難小屋から下りてきたお二人がみえたので、現在地を尋ねた。このご夫婦は柏原コースを往復されるそうだ。 このままトラバースしてゆるやかに下ってくると、上丹生からの谷山谷コースとの合流点に着く。このトラバース道は分かりづらい。 Mさんのお子さんがえらそうなので霊仙山には寄らず上丹生へ下山することにする。 |
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途中横道経由で下ってくると、途中で崩壊しているので通行禁止で広瀬コースで急斜面のジグザグコースを下ってくる。 河原へ下りると土砂崩れがあったのか石灰岩が多数沢を埋め尽くしていた。 登山口には16:40に着いた。 |
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林道を歩いていると左右の山腹から猿の集団が威嚇の声を上げ、一匹が林道へ下りてきた。 浄水場に着く頃にはかなり暗くなっていた。西出商店の所で偶然バスが来たので醒ヶ井駅まで乗りそこからタクシーで梓河内の神社までもどった。 |
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